東京地方裁判所 平成10年(ワ)23976号 判決 1999年3月26日
原告
角孝一
被告
ソニー生命保険株式会社
右代表者代表取締役
岩城賢
右訴訟代理人弁護士
谷川徹三
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、平成九年一二月一〇日付け懲戒解雇処分を取り消し、解職処分とし、退職金として金一五二万二〇〇〇円及び保険料に対する手数料報酬として合計金一六五万一〇〇〇円を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の従業員であった原告が、被告のした懲戒解雇の効力を争い、被告に対し、同処分を取り消したうえ、解職処分にすることを求め、退職金及び一か月分の給料相当額の支払を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 当事者等
被告は、生命保険業、他の保険会社の保険業の代理又は事務の代行等を業とする株式会社である。
原告は、平成三年八月一日、被告に雇用され、解雇直前には被告の品川中央支社第一営業所において営業担当社員であるライフプランナー(生命保険募集人として生命保険契約の締結の媒介、保険料の集金等の業務を行う。)として勤務していた。
2 懲戒解雇
原告は被告に就労中、被告から貸与を受けたパソコンを平成八年一〇月から平成九年四月までの間に合計三回にわたり質入れし、さらに質入れしたパソコンが質流れで販売されていた事実があった。
被告は、右事実が被告の就業規則(<証拠略>)三二条二項(8)に規定する懲戒解雇事由「会社の金品等を費消又は流用したとき。」に該当するとして、平成九年一二月一〇日付け懲戒処分通知書をもって、同日付けで原告を懲戒解雇した(<証拠略>、「本件解雇」という。)。
被告の退職金規程(<証拠略>)三条一項には、懲戒解雇の場合は、退職金を減額しまたは支給しない旨の規定があり、同規定に従い原告には退職金が支給されていない。
3 被告の報酬規程(<証拠略>)
(報酬の種類)
第二条 ライフプランナーの報酬は、次のとおりとする。
(1) 手数料(初年度手数料、継続手数料)
(2) 業績・継続ボーナス
(3) 通勤手当
(業績・継続ボーナス)
第四条二項 会社は、業績・継続ボーナスを各事業四半期末毎(三、六、九、一二月の各一五日。以下同じ)に決定し、その翌月一五日に会社に在籍する者に対し、当該月(四、七、一〇、一月)報酬支払日に支払う。三項以下略
(通勤手当)
第五条 会社は、通勤手当として、ライフプランナーの自宅から会社までの最も合理的経済的な通勤費に対し、所得税法施行令に定める非課税額の範囲を限度とし、その一ケ月定期券の金額を報酬支給月の在籍期間に応じ、毎月報酬支給日に支払う。(報酬規程の解除終了)
第一一条 ライフプランナーがその職を離れた場合は、この規程に定めのない限り、以降この規程の適用はないものとし、この規程に定められた報酬について如何なる権利をも有しないものとする。
二 争点
1 本件解雇の効力
(被告の主張)
(一) 被告が原告を懲戒解雇したのは、原告が被告から貸与を受けたパソコンを合計三回にわたって質入れし、さらに質入れされたパソコンが質流れで売り出された事実が、被告の就業規則第三二条二項(8)の「会社の金品等を費消又は流用したとき。」に該当するからである。
(二) しかも、原告の右行為は、顧客の保険料を預かる等の業務を取り扱う生命保険会社の従業員として適格性を著しく欠くものであるのみならず、ライフプランナーの仕事に必要不可欠なパソコンを質入れしており、まじめな仕事遂行の放棄、職場放棄にも等しい。また、被告貸与のパソコンには、被告の機密に属する情報や現在特許として申請中のシステムがインストールされており、パソコンが第三者の手に渡れば、こうした被告の機密等が外部に漏洩する危険性がある。さらに、原告は、被告にパソコン売却の事実が発覚した当初、顧客先でパソコンを紛失した旨の虚偽の弁解をしている。このように原告の右行為は、極めて悪質であり、情状により懲戒解雇よりも軽い懲戒処分に付す旨規定した就業規則三二条二項但書適用の余地もない。
(三) 被告は、原告を懲戒解雇するに当たり、就業規則三三条所定のとおり原告に弁明の機会を設けて弁明させ、同三一条(5)所定の労働基準監督署長の解雇予告除外認定を受けており、本件解雇は、相当な手続に従って行われている。
(四) したがって、被告が原告を懲戒解雇したことは何ら解雇権の濫用に該当せず、本件解雇は合理的な理由があり有効である。
(原告の主張)
(一) 原告は、被告から貸与を受けたパソコンを質入れした事実を争うものではないが、本件解雇は懲戒解雇であり、重きに失し懲戒権の濫用に当たり無効である。すなわち、原告がパソコンを質入れすることによって得た利益はわずかであるし、そもそも質入れにしても同僚のためである。また、パソコンに内蔵されているデータについては、暗証番号等を設定するなどセキュリティが施されており、外部に情報が流出する危険は皆無であり、懲戒解雇に相当する程悪質な行為とは言えない。さらに、本件解雇は、被告内に同様の行為を行っている従業員も少なからずいることから、他の従業員に対する言わば「見せしめ」として行われたものである。
(二) 被告は、本件解雇に際し、形式的に事情聴取を行ったものの、原告の弁明を聞くことなく、一方的に本件解雇を行っており、手続も相当でない。
2 原告の被告に対する退職金及び報酬請求権の存否
(原告の主張)
(一) 原告が被告を退職する際には、退職金を受領する権利を有するところ、原告の退職金は、その勤務年数から金一五二万二〇〇〇円となる。
(二) 原告は被告に解雇されたとしても、原告が本件解雇以前に締結した保険契約に関しては、解雇された翌月以降の給与(報酬ないし手数料)を請求する権利を有している。
(被告の主張)
(一) 被告の退職金規程三条一項は、解雇の場合は退職金を支給しない旨規定しており、退職金を請求する原告の主張には理由がない。
(二) 被告が、原告に対し、ライフプランナー報酬計画表(<証拠略>)に基づき、報酬の支払を約束した事実は否認する。原告の報酬はライフプランナー報酬規程(<証拠略>)が適用される。同規程では、原告の報酬は<1>手数料、<2>業績・継続ボーナス、<3>通勤手当の三つがあり、この内<2>と<3>は在籍を支払条件とする旨の規定がそれぞれの支払の規定中に明示されている。
原告は、平成九年一二月一〇日付けで懲戒解雇になったので、被告は、原告に対し、平成九年一二月二五日、平成九年一一月一六日から同年一二月一〇日までに顧客から被告に支払われた保険料に対する手数料を支払った。同年一二月一一日以降に顧客から被告に支払われた保険料に対する手数料(平成一〇年一月二五日支払予定分)は、同規定一一条に基づき、原告は支払を受ける権利を有しない。
第三争点に対する判断
一 本件解雇について
1 (証拠略)及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、これに反する証拠はない。
(一) 被告は、平成九年一〇月八日、質流れのパソコンを購入した者がパソコンショップにそのパソコンを持込んだ旨の連絡があり、同月九日、右パソコンの貸与を受けていた者が原告と判明したため、調査を開始した。当初、原告は、被告の支社長に対し、顧客先でパソコンを紛失した旨弁解し、同月一七日、被告に対し、「登録証・領収証等、紛失届」(<証拠略>)を提出し、最寄りの大崎警察署に対しても虚偽の届出をした。しかし、平成九年一一月五日、同警察署の協力を得て調査したところ、原告本人が、パソコンを質入れしたことが判明した。
(二) そこで、被告は、平成九年一一月一一日、原告から約一時間にわたり事情聴取したところ、原告は、質入れされていた同僚のパソコンを質出しするために自分が貸与を受けていたパソコンを質入れした旨述べるとともに、平成八年一〇月から平成九年四月にかけて合計三回にわたり質入れした事実を認め、自認証(<証拠略>)を作成した。その後、被告は、平成九年一一月一九日、品川労働基準監督署長から解雇予告除外認定を受け(<証拠略>)、同年一二月一〇日、本件解雇に至った。
なお、原告は、自認証を作成する際、被告からパソコンの弁償を求められたのを受けて、自らも弁償しなければならないと考えていたので、自認証にパソコンを弁償する旨記載するとともに、平成九年一二月二日、被告から求められるままに、「貸与パソコン返済計画」と題する書面(<証拠略>)を作成し、貸与パソコン購入代金相当額二三万一五六七円を分割で弁済することになったが、その後本件解雇に至り、原告は生活に窮したため、結局、パソコンの弁償はなされなかった。また、原告は、いずれも同僚のパソコンを質出しするため、三回にわたる質入れで、三万円、三万円、二万五〇〇〇円をそれぞれ借り入れていた。
(三) ところで、被告は、ライフプランナーにパソコンを貸与しており、ライフプランナーは、そのパソコンを携帯し、被告の設計したシステムにより保険設計書等を作成して顧客に提示するよう指導されており、したがって、パソコンには顧客情報が入力されているほか、平成八年終わりないし平成九年の初めころ、パソコンは本社とオンラインで結ばれ、被告本社のホストコンピューターからすべての顧客情報の入手が可能になり、また、電子メールによって、会社からの情報等が貸与されているパソコンに送られるようになった。そのため、パソコンにはパスワードを設定するなどセキュリティーを施してあるのはもとより、パソコン貸与の際、パソコンの使用権及びソフトの著作権が被告に帰属すること及びパソコンは業務のみに使用することの確認、パソコン及びソフトの第三者への貸与、譲渡等による開示の禁止を記載した「携帯パソコンレンタル申込書兼誓約書」(<証拠略>)を各従業員から提出させている。なお、貸与を受けた各従業員は被告に対し、パソコンのレンタル料を支払っていた。
(四) 原告は、パソコンを貸与された当初からそれを利用せず、顧客に対する保険設計書は被告の事務所に設置されているコンピューターを使用して作成していたため、貸与されたパソコンを質入れしても、直ちに業務に支障はきたさなかったが、電子メールによって本社から送られてくる指示や情報を見ることはできなくなっていた。
2(一) 原告が、業務に使用するために被告からライフプランナーに貸与されていた被告所有のパソコンを三回にわたり質入れしたあげく、質流れとなってしまった事実は当事者間に争いはなく、被告の就業規則三二条一項(8)に規定する懲戒解雇事由「会社の金品等を費消又は流用したとき。」に該当することは明らかである。
それに対し、原告は本件解雇が処分として重すぎる旨主張する。
しかし、被告のライフプランナーは、生命保険会社の営業社員であり、顧客から保険料等金銭を預かることも業務に含まれることからすれば、金銭に対しては、とりわけ潔癖性が要求されるのであって、そのことからすれば、被告の損害額が約二〇万円とさして大きくなく、質入れによる原告の利得がわずかであったとしても、見過ごしにはできない非行であることは否定できない上、パソコンを質入れしている期間、原告はパソコンを使用できず、被告の方針に反していたほか、業務上全く支障がなかったともいえず、原告の職務遂行態度に問題があることも否定できない。
また、貸与パソコンには、被告の機密情報や被告の開発したシステムがインストールされており、それらが外部に漏洩されることで被る被告の損害は計り知れない。前記のとおりパソコンにはセキュリティーが施されているとしても、そうしたセキュリティーが完全なものでないことは経験則上明らかであり、原告の行為によって、被告の機密情報等が外部に漏洩される危険があったことも否定できない。なお、原告は、この点に関して、ライフプランナーが携帯して被告外部に持ち出していることこそ危険であるかのような主張もするが、被告は従業員との信頼関係を前提として各従業員に対しパソコンを貸与しているのであって、第三者の手に渡ることとはその危険性は全く性質を異にしており、原告の主張は理由がない。
さらに、原告が、同僚が被告から貸与されていたパソコンを質出しするために、原告が貸与されていたパソコンを質入れしたのは前記のとおりであり、出来心でやむを得なかったとも主張する。同僚のためであれば、確かに原告自身が利得した場合に比較して悪質ではないとも言えるが、一方、同僚のパソコンを質出しするためというのは、同僚の被告に対する非行を隠蔽、助長する行為とも評価できるのであって、その動機においても決して許されるべきものではない。
なお、原告に対する本件解雇が見せしめ的なものである旨原告は主張し、原告は、その本人尋問において、被告には、原告と同様の行為をしている者が数名いる旨供述するが、同時に発覚していないとも供述しており、そうであれば、被告としても処分できないのもやむを得ないところであり、原告の供述するように、他にも同様の行為し(ママ)ている従業員がいたとしても、原告の行為の悪質性も考慮すれば、右供述から直ちに本件解雇が見せしめ的なものであったということはできないと言うべきである。
これらのことからすれば、原告の行為に対する懲戒解雇の処分が重すぎるということはできず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠もない。
(二) 前記認定によれば、被告は一時間にわたり、原告から事情聴取を行っており、原告は、その際、事実を認め、また、同僚のためにパソコンを質入れしたとの弁明もしている。そのことからすれば、被告は、懲戒処分を行うときは弁明の機会を与える旨定めた就業規則三三条所定の懲戒手続(<証拠略>)を取ったことが明らかであるし、前記のとおり、就業規則三一条(5)所定(<証拠略>)の労働基準監督書(ママ)署長の解雇予告期間(ママ)除外認定も受けており、本件解雇手続に違法な点はない。
(三) したがって、本件解雇には、合理的な理由があり相当であり、懲戒権の濫用には当たらず、有効である。
二 退職金及び報酬請求権について
1 退職金について
前記のとおり、本件解雇は有効であるところ、被告の退職金規程三条一項によれば、懲戒解雇の場合、退職金は支給されない旨規定されていること(<証拠略>)から、原告には退職金請求権は認められない。
2 報酬について
原告の報酬について、ライフプランナー報酬規程(<証拠略>)が適用されていることは当事者間に争いがない。そして、同規程では、原告の報酬は<1>手数料、<2>業績・継続ボーナス、<3>通勤手当の三つがあり、この内<2>と<3>は在籍を支払条件とする旨の規定がそれぞれの支払の規定中に明示されている。
前記のとおり、原告は、平成九年一二月一〇日付けで懲戒解雇となったので、被告は、原告に対し、平成九年一二月二五日、平成九年一一月一六日から同年一二月一〇日までに顧客から被告に支払われた保険料に対する手数料を支払われ(ママ)ており(弁論の全趣旨)。(ママ)同年一二月一一日以降に顧客から被告に支払われた保険料に対する手数料(平成一〇年一月二五日支払予定分)は、同規定一一条によれば、原告は支払を受ける権利を有しないことになり、原告の請求は理由がない。
三 以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)